Holly Coleがtomolennon作品を購入


ウェブサイトを見て、一目で気に入った」という【Cheap Jewelley and Cigarettes】を大事そうに抱えるHolly。小林ホール・オープン記念Galaコンサート後に控え室にて。

入魂のアルバム解説


Shade (2003)
近年のPOP路線から本来のジャズ・コンボに戻った、ファン待望の最新作。円熟味を増した『モノクローム・ヴォイス』が歌うのは、14年のキャリアで初めてというジャズ・スタンダード集。甘く切ない夜を演出する大人のBGMにピッタリ。ドラマティックな楽曲はどれも『ホリー流』で、ピアノとウッド・ベースのシンプルなバッキングを受けながら歌う様は、まさに孤高の歌姫。


Baby It's Cold Outside -Christmas Album-
(2001)
思わず「ホリークリスマス!」と叫びたくなる極上のクリスマス・アルバム。ファンのリクエストからホリー自身が選曲し、初期のトリオやオーケストラ、デュエットへと編成を変えるなど遊び心いっぱいの企画。過去にもトロント交響と競演のクリスマス・アルバムを出しており、夜だけでなく『冬の女王』として君臨する日も近い。日本で売れに売れた「Miracle」は、残念ながら日本盤のみに収録。

Romantically Helpless (2000)
大ヒットした「Make It Go Away」や、フランク・シナトラのスタンダード「Come Fly With Me」など、前作よりも多少ジャズ色を強めたポップ・ジャズ・アルバム。全体的に落ち着いたムードを取り戻し、女性として等身大の自分を表現する姿に好感がもてる。「ポップなホリーは嫌いだ」というコアなファンの間でも、密かに愛聴盤として挙げる人が多いことでも有名。真夏の夜にピッタリの一枚。

Dark, Dear Heart (1997)
エレキ・ギター、ハモンド・オルガン、打ち込み等、これまで避けて通ってきた要素を一気に取り入れた意欲作。ジャズが苦手という人にはポップな今作が最適な入門編だろう。ジャズではスタンダードを数多く取り上げてきたホリーだが、泣く子も黙るビートルズのカヴァーでは、あえて「夢の人」というトリッキーな選曲。またジョニ・ミッチェルの「リヴァー」などセンス良すぎです。

It Happened One Night (1996)
スタンダード路線に一旦終止符を打つことになる、95年モントリオールで録音された初めてのフル・ライヴ・アルバム。それだけに、一曲ごとに「Merci!」を連発するお茶目なホリーと、スリリングな即興を奏でるバック・バンドが酒場的な雰囲気を盛り上げる。ほぼ「ベスト」といってもいい集大成的な選曲と演奏、同時収録の映像と合わせて思いっきり浸れること間違いなし。

Temptation (1995)
本作は『どっぷりマニア』向けの作品。超個性派歌手で俳優としても知られる酔いどれ詩人トム・ウェイツのカヴァー集。「メンバー全員がトムの大ファン」であり、事あるごとに彼の楽曲を歌ってきたホリー。本人が聴いたらさぞ驚くようなアレンジや解釈がなされているが、2人の共通点である『歌を演じる』ことを大いに楽しんでいる、とってもマジカルな一枚。

Don't Smoke In Bed (1993)
人生を知れば知るほど深みを増す、一生聴いていたいアルバム。タイトル曲ではキャバレー歌手を小悪魔のように演じ、「Tennessee Waltz」では泣かせるなど、その幅広い選曲からホリーのあらゆる表情が見える。神がかったように歌うジョニー・ナッシュの「I Can See Clearly Now」は力強く、どこまでも透明な響きで、聴くたびに特別な気分にさせられる。CDの音質の良さも特筆もの。

Blame It On My Youth (1992)
映画「バグダッド・カフェ」の主題歌「Calling You」のカヴァーが大ヒット。日本でも「ゴールドディスク大賞」を受賞するなど一躍時の人となった。ピアノとウッドベースをバックに、時に力強く、そして時に気だるい彼女の歌声は『モノクローム・ヴォイス』と評され、ジャズを知らない一般の人々までも魅了。昨今のダイアナ・クラ−ルやノラ・ジョーンズが台頭する礎を築いた歴史的名盤。

Girl Talk (1990)
アゴの骨折という大事故から這い上がり、ジャズシンガーとして息吹をはじめた彼女の記念すべきデヴューアルバム。明らかに既存のジャズシンガーとは一線を画す独特の低音が、ライブ録音によりダイレクトに伝わってくる。ペトラ・クラークの全米ナンバーワン・ヒット「Downtown」や、新たな解釈で歌ったビル・エヴァンスの「My Foolish Heart」が逸品。「Girl Talk」は今も歌い続けるお気に入りの曲。

Bagdad Cafe (映画)
名曲「Calling You」を世に知らしめたパーシー・アドロン監督の最高傑作。ヴェガスから延びる荒涼とした道ぞいに佇むカフェ。夫婦喧嘩から一人で滞在することになった婦人を中心に、心温まる物語が繰り広げられる。乾いた大地と、抜けるような青空。そこにあのメロディーが重なった光景を一生あなたは忘れないだろう。ちなみに同監督はKDラングを「サーモン・ベリーズ」の主役に抜擢するなどカナダびいきでも知られる。

Holly Cole
ホリー・コール

Bits VOL.02 ISSUE.10, 2004


乾いた大地に降りそそぐ雨のように、その歌声は心に染み入った。 「I am calling you… 私はあなたを呼んでいる」 映画「バグダッド・カフェ」で有名なこの曲に、 あなたはもう出会いましたか?

北米、ヨーロッパで圧倒的なセールスと名声を誇り、日本では「コーリング・ユー」の大ヒットでゴールド・ディスク大賞を受賞するなど、もはやジャズ・ボーカリストという看板が必要ないほどの地位を確立しているホリー・コール。名前は知らなくても、彼女の歌声を聴けば「知ってる!」と声を上げてしまうのも当然だ。彼女の、スモーキーで伸びのある艶やかな歌声はジャズ通たちにとっても『宝物』で、本人いわく「好きな歌は哀しい歌で、好きな色は黒で、好きな時間帯は午前2時」というジャズ・シンガーにはピッタリのイメージを、今後も背負ってもらいたいと願うファンも多い。かくいう私もその一人。

 

インタビューを前に、いささか気負っていた私だが、「ハジメマシテ!」と開口一番、元気よく、そしてお茶目に彼女が笑ったとき、私の緊張は解放された。ダークで物静かなジャズ・シンガーというより、実際は真夏のそよ風のような彼女。後はホリーに導かれるまま、この生粋のストーリー・テラーに身を任せることにしよう。

TOMO 来年には歌手生活15周年を迎えるそうですね?

Holly  え、本当!? ワォ! 知らなかったわ。教えてくれてありがとう。でも、本当に15年だなんて全く思いもよらなかったのよ! あなたに感謝しなきゃ。

TOMO では何か特別なことは考えてなかった?

Holly  今から考えるわ(笑)。でも、ちょうど今ベストアルバムを準備してるところなのね。14、5曲入るから、そうね、1年ごとに1曲とすれば正に15周年記念になるかしら(笑)。アルバム・ジャケットも過去の写真を集めたコラージュなのよ。

秋に発売予定のこのベスト・アルバムは、これまで限定版や各国盤のみに収録されていたレアな音源が中心になる模様。それにしても、自分のキャリアを忘れるなんて、ひたすら前進あるのみ! のホリーらしいエピソード。

 


TOMO 来る5月28日、日系文化会館の新ホール落成記念パーティーにて演奏するそうですが、このオファーを受けた理由は何だったのでしょう?

Holly  今まで日本へはツアーで何度も行っていて、とっても大好きな国なの。でも考えてみたら、ここカナダに住んでる日系の人達の前では一度も演奏したことがなかった。せっかくのチャンスだから是非やってみたかったの。日本といえば、『あの映画』と同じような経験をたくさんしてるわ(笑)

日本を訪れた外国人が、言葉の通じない異国で繰り広げるドタバタを描いた「ロスト・イン・トランスレーション」のことだ。

Holly  一番最悪だったのが、TV収録のために東京から横浜へ移動するとき、どうしてもトイレに行きたくなったのね。そこには有料と無料の2つのトイレがあって、誰かが『有料がいい』って言うので入ったら、トイレに見たことも無いボタンが沢山付いてたの。私は好奇心が旺盛だから、触っちゃいけないと思いつつもそのボタンを押してしまったの。そしたら急に水が飛び出してきて顔も洋服もびしょ濡れになったのよ! もうすっかりメイクも台無しで、係員に助けを求めたときは本当に恥ずかしかったわ。そこで私が学んだのは『ボタンには触れるな』という教訓ね(笑)

そして「日本食のことなら何でも私に聞きなさい!」と公言するほどの彼女が唯一食べられなかったものとは?

Holly  まぐろ納豆は無理だった(笑)。TV収録されていたので、ニッコリ笑って『美味しい!』と言わなきゃいけなかったの! あの一件以来すっかり凹んで『日本食マスター』の称号は返上したわ(笑)。でもトロントでは地元の日本食レストランによく行くし、自分でもお寿司を巻けるのよ、エヘン!

知られざるホリーの青春秘話。いかにして彼女は夢を守り、戦い、そして達成させたのだろう?

Holly  19歳の頃学校でジャズを学び、生活のために色んな仕事をしたわ。ヘルシー・フード店のレジや、ケータリングとかね。

TOMO 歌うことが生活の全てでは無かったのですね?

Holly  もちろん音楽は全ての中心だったわ。でも若いうちは人生勉強も同じくらい大切だと思うの。ケータリングの仕事で街から2、3時間離れた会場に行くときは、いつも音楽を聴きながらドライブ気分で楽しかった。でもね、一歩会場に入ると、そこには社会の縮図があって、誰がボスで、どれが子分で、というヒエラルキーを学んだわ。当然、ケータリングの私は一番の末端ね(笑)。仕事が終われば今度は自分の事をやるの。ライブのブッキングをしたり。ポスターを自分で作って、それを真冬の深夜2時にバケツを持って貼りにいったり(笑)もう二度と嫌だけど、当時は何でも自分でやったわね。

TOMO これから本格的に歌手として活動を始めようという矢先、交通事故でアゴの骨を粉砕骨折し、医者に歌手生命は絶望だと宣告されてしまったそうですね。その言葉を聞いて、どう思いましたか?

Holly  普通、本人に直接言わないでしょ!? そんな絶望的なこと。私じゃなかったら自殺してるわ、きっと(笑)。でも私は無理だと言われたら逆に『やってやろうじゃない!』というタイプ。ワイヤーで固定されてるアゴを使わずに、腹式だけで発声練習をしたわ。あんなに練習したのは生まれて初めてで、ワイヤーを外す頃には、以前よりも歌が上手くなってたの! 今の私があるのも、きっとあの時の発声練習のお陰だと思うわ。それから忘れられないのは、母親が作ってくれたスープね。固形物が一切食べれなかったので、ありとあらゆる食材をジューサーで細かくして、考え付く限りのスープを作ってくれたの。そういう家族の暖かいサポートが私を支えてくれたのよ。

疲れた体に、そっと染み入るようなホリー・コールの歌声には秘密がある。どんなに悲しいスタンダードを歌ったとしても、彼女の中に溢れるボジティブなエネルギーが歌声を通して伝わってくるのだ。
そして最後にホリーが語ったメッセージは、彼女の生きた人生そのものであり、僕らにとっては貴重な人生の指針となるアドバイス

Don't make the safe choice


Holly  失敗を恐れず、リスクを負うこと。もしも道を誤ったら、そこからまた始めればいい。安全な道ばかりを選べば、あなたはそれ以上先へは進めないわ。私は音楽一家に生まれ育ったこともあって、人は『歌手になるために生まれてきた』と私を表現するけど、そんな事はない。皆さんと同じように努力して、そして自分で勝ち取ってきたものばかりなのよ。

ホリー・コールMini Bio

1963年カナダの東海岸、ノヴァスコシア出身。両親はそろってクラシックの音楽家という音楽一家の中に育った。トロントでジャズ・ヴォーカルの勉強を始め、86年に「ホリー・コール・トリオ」を結成。しかし、トリオでの初ライヴの前日、交通事故によりアゴの骨を粉砕。歌手としては再起不能とまで言われるが、血の滲むような努力で怪我を克服し、トロントのクラブで活動を再開。以後、カナダではゴールド、プラチナ・ディスク多数、日本でも日本ゴールド・ディスク大賞(92年)において洋楽新人賞/ジャズ・アルバムの2部門を同時受賞している。また、日本公演を積極的に行うなど、親日家としても知られる。