Shonen Knife

Bits VOL.02 ISSUE.10, 2003

久々の北米ツアーでトロントを訪れる直前の少年ナイフ 山野直子さんをインタビュー。誌面の都合でカットされた部分を含む「完全版」をお届けします。2002年の「Let's Have a Dream!」展の時に参加してもらった際には、直接お話し出来なかったのですが、めちゃめちゃ気さくな人で面白かったです。また、インタビュー後半の「ハロウィン」エピソードから、アート・イベント「将棋ナイフ」が生まれました。
インタビュー本文はBits VOL.02 ISSUE.10に掲載

TOMO デビュー前、日本よりもアメリカで先に認められたわけですが、振り返るとどんな時代でしたか?

直子 何も知らないままに、未知の世界へ飛び込んでいった時代(笑)当時あんまり海外でライブをしているようなバンドは無かったし、少年ナイフの場合はメジャーのレコード会社からアメリカやヨーロッパへ行かされたわけじゃなくて、自分たちが現地の友達とかと連絡を取り合ってはじめたライブが多かったので、土台から自分たちで築いていったって感じです。

TOMO 今でいう“逆輸入”の先駆けですよね。

直子 日本ではずっとマイナーレーベルから出してたんです、先に海外のマイナーレーベルから出して、それが日本のメジャーに認められてリリースすることになったんです。

TOMO その時の状況をもっと聞きたいんですけど、海外で注目を浴び始めたとき、同時に日本でもライブ活動をしていたわけですよね?反響のギャップみたいのはありませんでしたか?

直子 最初の頃は、日本のお客さんは暖かい感じで見ててくれて(笑)、大阪だったらステージから何か言えば、ボケとツッコミみたいに返ってくるんですけど、東京はたまにしか行かないので、何かこう「しっかり見るぞ!」というお客さんが多くて、すごくじーっと聴いてもらったりしてたんですけど、海外でライブ、最初にアメリカでやったんですけど、その時はお客さんが飛び跳ねたりすごいお客さんの動きが激しくてびっくりしました。今はどちらも一緒なんですけど。

TOMO ロックの本場アメリカでライブをやる際に、特別に意気込んだり、たとえば英語の曲をつくらなきゃ!とかそういうのは無かったですか?

直子 アメリカへ行く前から英語の曲を作っていたので、英語の曲も日本語の曲も作っていたので、日本でライブでやるように、同じようにアメリカで演奏しました。ただその英語はちょっと文法的に間違ったりしてたんですけど(笑)当時は。

TOMO そういうのを行く前にチェックしたり、直したりは無かったんですか?

直子 無かったです。あの、間違ってないと思ってましたから、その時は。

TOMO 素晴らしい!(笑)日本を飛び出して海外へ来る若者って随分増えてますけど、やっぱりそこの英語の問題、まず英会話学校へ通わないと不安だという人達も多いですけど、その辺はさすがというか、Rockですね。

直子 英語は、必要だからだんだん覚えていったって感じですね。もちろん習いに行ったこともあるんですけど、一番効果的な勉強ていうのは英語でインタビューを受けたりとか、英語の手紙に返事を書いたりというのが一番勉強になりましたよね。

TOMO 数多くの海外のミュージシャンからリスペクトされたり、トリビュートアルバムが出たり、今までレコーディングにも随分沢山のゲストが参加されてますよね。音楽以外の部分では彼らとどういう交流をされてるんですか?ミュージシャンというより、一個人としてお聞きしたいんですが。

直子 例えば、日本にライブに来たら、観にいったり、一緒にカラオケに行ったりしてますけど。President of United States of Americaが大阪に来たときは、彼らは歌唄うのが好きで、ライブが終わってからもまだ歌いたいっていう凄い人たちで(笑)あとは、Nirvanaが大阪に来たときは一緒に晩御飯行ったりとか。

TOMO Nirvanaと言えば一緒にアメリカでツアーもされてたんですよね?

直子 イギリスも一緒にまわって

TOMO 逆に少年ナイフがアメリカ行ったときは、夜な夜な遊び歩いたりするんですか?

直子 少年ナイフが行ったときは、ライブしたらすぐ移動とかであんまり時間がないので、日本のライブだと東京大阪、名古屋とかそれだけとか本数が少ないので割りと時間があるんですけど、アメリカとかだったら、とにかく移動・ライブ・移動とかであんまり時間がないので、ただライブを見に来てもらうだけとか。ただ遊びで行ったときは、一緒にどこかへ行ったりとかはありますけど、LAのRed Crossというバンドとは大分昔から知り合いで、一緒に楽器やさん行ったりとか、お家に遊びに行ったりとか。

 

アルバム「Candy Rock」について


TOMO 「Candy Rock」という最新作についてお聞きしたいんですが。

直子 今回は、アメリカで出すのは[Heavy Songs]の方なんですよ。

TOMO え、Candyは出ない?

直子 Candyは日本だけで出てるんですよ

TOMO 海外での発売予定とか会場で買えるとかあるんですか?

直子 えっと、順番でいうと、アメリカで一番最後に出したのが98年の[Happy Song]で、2000年に[Strawberry Sound]っていうのを出したんですけど、それは日本だけで、今のところ。それから2002年に日本で[Heavy Songs]を出して、これはJapanese Versionで、2003年に[Candy Rock]を出して、これも今のところ日本だけ。で、2003年10月にさっきの[Heavy Songs]の英語バージョンがアメリカのConfidential Recordingからリリースされるんです。

TOMO これは全くの新録音ですか?演奏も含めて

直子 演奏は同じで、歌だけ差し替えて英詩になるんです。

TOMO 僕は、[Candy Rock]が全曲日本語だっていうんで、すごく興味をもったんですけど、特に地元の大阪でのレコーディングが続いてますよね。

直子 そうです、HeavyもCandyも大阪でレコーディングしてますね。

TOMO これまで海外で経験を多く積んだバンド、少年ナイフが今もなお、地元大阪発世界へというスタンスで活動してるのはとても興味深いですが、これは無意識に自分のバックグランドとかアイデンティティーを守ってるのでしょうか?それとも単に居心地が良くて、大阪でレコーディングするのがいいとか?

直子 レコーディングはどこでやってもいいんですけど、例えばHappy HourとかBrand New KnifeとかはLAでやったりしたんですけど、住むのは大阪がやっぱり一番いい。基本的にいいエンジニアがいるスタジオだったらレコーディングはどこでもいい。ただ、今回HeavyとCandyをレコーディングした大阪のスタジオにいいエンジニアの人がいたんで。

TOMO 僕は既にこの[Candy Rock]を送ってもらって聴いてるんですけど、凄く曲数も少ないですし、今回お二人でレコーディングしたということもあって、今までにない凄く勢いを感じる仕上がりになってますが、曲作りも早かったんですか?

直子 レコーディングのスケジュールが決まってから多いときで自宅のパソコンとキーボードの前に向かって、脳みそを絞って書いて、楽しんで苦しんで書いていました。

TOMO どれくらいの期間かかったんですか?

直子 2ヶ月くらいかな?集中して作ったら一曲2日くらいで作ったりしますけど。

TOMO 僕もたまに一枚を一日で描いたりしますけどそれに近いですね(笑)

直子 そうですね、そういうのに凄く似てますね。 逆に時間が掛かったのが、97年のBrand New Knifeが時間掛けたアルバムじゃないかと思います。スタジオ入ってから2ヶ月掛かったし。

TOMO それは、掛かっちゃったって感じですか、それともわざと時間を掛けたの?

直子 いや、最初からその計画でスケジュールを組んでたんですけど。ナイフの場合は時間掛けたアルバムも、そうでないのも露骨に影響が出ないので。それに最近は曲作りが上手になってきて(笑)自分で言うのも可笑しいんですけど、前だったらワンパターンな構成だったりしたのが、今は割りとそこにブリッジパートを入れたりとかっていうのを、すぐに出来るようになったりとか。

日本の音楽シーンについて

TOMO 僕は最近の日本の音楽シーンに疎いので、分からないんですけど、このCandy Rockとかって、現在の日本ではどういう位置にあるアルバムだと思われますか?

直子 現在の日本の音楽シーンって難しいな。割とひとつのタイプの音楽が流行ると、そのタイプの真似したようなっていうか、そのスタイルを踏襲したようなバンドが沢山でてきて、それが一つの波になったりすることが多いんですけど、少年ナイフの場合、その一つのスタイルにとらわれないで色んな要素を持ってるし、取り入れてるので、ま、ユニークな存在ではあるのかな?とは思いますけど。

TOMO 僕がいた当時はカラオケで歌える曲が売れるっていう時代でして。それに、そういうカラオケ以外で売れてる曲を聴こうとおもったら、それこそテレビには出ないし、ラジオとかライブハウスまで行かないと見れないことも多かったです。

直子 今はブラックミュージックを真似したような女の歌手の人が多くて、それ以外だったら、わりともっと普通のRock Bandみたいのも多いですけどね、売れてるのも。TVっていうのはまた別物ですね。あまり音楽の番組っていうのは普通の民放じゃやらなくて、ケーブルだったら最近はそういうチャンネルがあるから。

TOMO そういう意味では音楽を楽しむ環境も欧米に近くなっていますよね。

直子 そうですね。

TOMO 今までにTV出演というのはあるんですか?

直子 色々とやってますよ、もうキャリア長いですから(笑)

TOMO そうですよね、もう20年ですか。そういえば、最近ステージでカラオケやったりとかパフォーマンスを取り入れたりとかしてますよね?

直子 えっと、Heavy とCandyを出したくらいからちょっとだけ、思いついたときに(笑)

北米ツアー

TOMO 今回のHeavy songsをひっさげての北米ツアーはどのようなステージになりますか?

直子 やっぱり昔からずっとやってきてて、お客さんが聞きたいなって思ってるような曲、グレイテストひっつみたいなものと、Heavyからの曲が中心になると思います。

TOMO 20年のキャリアから、どうしてもはずせない曲っていうのが増えていきますよね。

直子 そうですね、どうやって曲を選んでいいのか難しくって・・・(苦笑)。いっぱいあれもやりたいこれもやりたいって感じです。

TOMO トロントは丁度ハロウィン前夜ってこともあって、きっと街中仮装の人でいっぱいだと思うんですけど。

直子 え、一日前からもうそんなですか?じゃあ何か用意していかないとダメですね、丁度ツアーマネージャーはトロントに住んでる人なので97年からずっと一緒にやっていて、カナダの人は凄く話がわかるし、気が合うんですよ(笑)

TOMO トロントで思い出に残ってるものってありますか?

直子 街の中心街っていうか、洋服屋さんがたくさんある辺りによく行きましたけど、街がキレイだし、それに人がすごく優しいです。凄く好きです。

TOMO 最後に、トロントで待ってるファンの方々に一言。

直子 本当にアメリカカナダツアーするのは5年ぶりで、トロントは何年ぶりか忘れてしまうくらいなんですけど、凄く好きな街なのでそこでまた日本の色んな人に会えるのも楽しみだし、ライブでは思いっきり頑張りますので、皆も来て一緒に楽しみましょう!


少年ナイフ Biography:
70年代後半からのパンク・ムーブメントに影響を受けた3人の女の子が集まり、1981年大阪にて『少年ナイフ』結成。86年にアメリカで発売されたアルバムから火が点き、瞬く間に全米、イギリスで人気に。92年ファーストメジャーアルバム『Let’s Knife』をリリース。翌年にはCMJチャートで初登場一位、MTVやCNNでも取り上げられ一大センセーションとなる。故カート・コバーンやSonic Youthのサートン・ムーアをはじめとした海外ミュージシャンにも熱狂的に支持される稀有な存在。

取材のために協力してくださったTomato Headの柴田氏、Tour ManagerのSean氏に感謝の意を表します。