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YES, YOKO ONO
記者会見AT AGO
Feb 22-23rd 2002 |
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アーティストであり、故ジョン・レノン夫人でもあるオノ・ヨーコ。40年にも渡る彼女のアーティストとしての活動を総括する大回顧展”YES,
YOKO ONO"が2月23日〜5月20日までArt Gallery Of Ontarioにて開催された。これに先立って行われた22日の記者会見の様子と、23日トロント大学でのレクチャーの模様を同じアーティストの視点からtomolennonがレポートする。尚、英語での回答だった為、翻訳により多少ニュアンスが変わっています。
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オノ・ヨーコというと、幸か不幸かそのプライベート部分についてばかりが取り沙汰され、肝心のアートについては過少評価され続けてきたアーティストだ。その彼女も69歳を迎え、やっと正当な評価を受ける時代がやってきたと言える。彼女の過去最大級の回顧展が全米での巡回を経て、カナダ唯一の開催地であるトロントにやってきた。
ステージに登場した彼女は物凄いオーラを発するかに思えたが、意外にもまるで空気のようにフワっと姿を現した。 |
ここに来られた事を心から嬉しく思います。昨年の9月11日以降様々なことがありましたが、トロントの町並みを見たときに“あぁ、トロントはちゃんと生きてるわ”と思いました。私は日本人です。人はそれぞれどこかからやって来て、それぞれの文化があります。それがこの大きな人種の村を作りあげているんですね。そして私達はその沢山の異なる文化を分け合っているんです。この展覧会を創りあげるなかで、この“分け合う”“交換する”というのが大きなポイントでした。それは文化を分かち合うように、アートから喜びや幸せをあなたたちが受け取ってくれたらと思います。
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| ■この展覧会での中心となる作品は何ですか? |
それは評論家が述べることなので、私からは分からないですが(笑)私からすれば、全ての作品がそれぞれの役割を持っています。実際に見て、それぞれが感じてくれればいいと思うんです。
控えめな発言であるが、展示されている作品はどれも重要なものばかり。入り口を抜けると、まず目に入るのが白い脚立である。それを登っていくと天井から虫眼鏡がぶらさがっており、それを使って天井に書いてある文字を読むと、“YES”とある。これは1966年にロンドンでヨーコが展示した作品。その”YES”という肯定的なメッセージに感銘を受け、ジョン・レノンはヨーコと恋に落ちたという伝説的な作品だ。
トロントは私とジョンにとって、カナダで最も重要な都市でした。ここで起きた出来事が"JohnとYoko"になるための第一歩となった気がします。
1969年ビートルズを離れたジョン・レノンが初めてソロのステージに立ったのが、ここトロントのVarsity Stadiumだった。ヨーコも演奏に加わり、その後世界を席巻する二人の活動の火蓋を切ったともいえる。”ラブ&ピース”という旗を揚げ、反戦デモに加わったり、平和のためのベッド・インをし、平和の象徴どんぐりを各国の首相に送ったりした。さらに”WAR
IS OVER IF YOU WANT IT〜戦争は終わる、あなたがそう望むなら”と書かれた巨大な看板は、トロントにも置かれ彼らの平和運動はピークを迎えた。
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| ■”ラブ&ピース”という言葉は今日ではどんな意味をもっていますか? |
それは今だにとても重要な事です。ただ、私はそのバランスが極端な方向に行きすぎてしまっていると思います。私達は一つのボートに乗っていて、それを船と例えてもいいのですが、とにかく一人一人が皆、平和に暮らしているのを想像すること。想像することは誰でも出来るでしょ?そして、誰かがあなたのものを破壊するという考えがあるとき、もう一方には破壊ではないやり方というのが必ずあるはずです。それを常に考えていければ、船のバランスは取れてゆくのです。とくに現代では。
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| ■昨年9月11日の悲劇をうけて、あなたは幾つかの作品を発表しましたよね?
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| 何かしなければいけないと思いました。アーティストとして何が出来るのかを考えたのです。こんな時だからこそアートが果たす役割が重要なのです。アーティストはアーティストのやり方でそれをやるのです。それはアーティストという人種のやり方の一つですし、追求すべきことなのです。とても健全なことだと思います。私達は分け合えるし、一体にもなれるし、コミュニケーションもとれる。毎日一つでもいいので何か心を踊らせることをしてください。もし、それが出来なくて心が落ちこんでる時には、誰か他の人の心を踊らせるようにしましょう。それを3ヶ月続ければ、あなたの人生はガラっと変わります。
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| ■あなたの作品は理解するのに難しいとされていますが、普通の一般の人たちが楽しむためにはどうしたらいいのですか?
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| 私は決して理解するのが難しいとは思いませんよ。作品の見方を指示するというのは、人を外見で決めつけるのと同じことなのでしたくありません。ただ人々が作品を見て、それぞれの感じ方で見てくれれば結構です。いろんな感じかたがあると思いますから、作品とは心のレベルでコミュニケーションが取れればいいのです。
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| ■様々な表現形態をお持ちですが、実際に形にしていく上でその表現に迷ったりしませんか?
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私は元々音楽からスタートしたアーティストです。今も音楽活動をしていますが、アイデアが浮かぶときはそれぞれの形が頭に浮かんでくるのです。ですから、これは彫刻、これは絵画、これは音楽という風に出てくるので、表現手段に迷うことはありませんね。
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| ■ビートルズのレコードで好きなものは? |
| 業務的に答えるならば(笑)すべて好きです。 |
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鋭い眼光で質問に答えたかと思えば、チャーミングにジョークで答えるなどして、約1時間の会見を終えた。
翌23日にはトロント大学にて彼女のパフォーマンスを交えたレクチャーが開かれ、300人を越す人々が集まった。彼女がステージに登場すると、どよめきにも似た歓声があがった。
まず彼女はステージ脇にある椅子を持ち出した。観客に背を向け、背もたれを抱えるように座る。次に、床に倒し脚部分に頭をすっぽりと入れた。手を振るヨーコ、観客は大歓声。そして椅子を裏返し、何とも座り心地の悪い姿勢を取ると。「これはあまり心地よくないわ」と笑った。これはかつてのヨーコが行ったパフォーマンスの再現である。当時の観客はヨーコの意図を理解せず、ただ見つめるのみだったのに対し、現代の観客は幸せに満ちた笑顔でこれを見つめている。彼女が言いたかったことはこうだ。
「椅子に正しい座り方があるなんて、誰が言い出したの?本当は椅子はこう座って欲しいかもしれないでしょ?アートはモノの価値観を変えるもの。そこに笑顔が生まれればいいじゃない?」
続いて大きな黒い袋を持ち出し、AGOの館長であるティッテルバウム氏と中に入ってしまった。これはBag Pieceと呼ばれるもの。人は人を外見で判断してしまう生き物。性別や肌の色など全ての外見を隠してしまえば、人間なんて皆一緒だということを表現している。
二人は袋の中で衣服を脱ぎ始めた。何が起こっているのか観客は息を呑んで見つめる。やがてスッキリした顔で袋から抜け出したティッテルバウム氏が一言、「僕らはただ”会話”してたんだよ」観客は爆笑。衣服を脱ぎ、外見が何も見えなければどんな人とだって対等に会話できる。つまり人間なんて皆一緒、国境も何も無い。Imagine
all the people living life in peaceヨーコならではのイマジンとも言える。 観客からの質問に答えるヨーコの発言の中で、彼女のアートの原点を示す非常に印象的な話があったので紹介したい。 |
第二次世界大戦の時、日本にいた私と弟達は地方の小さな村に疎開しました。それまで元気で飛び回っていた弟が日に日に弱っていくのを見て、私は胸が張り裂けそうでした。何とか元気を出させようと、ある遊びを始めたんです。何が食べたい?と弟に聞くと、アイスクリーム!と答えたので、想像してごらん、桶いっぱいのアイスクリームがここにあって、一人で全部食べていいわよ、と言いました。すると、みるみるうちに弟の顔に笑顔が蘇ってきたんです。そうやって毎日毎日想像遊びをしながら飢えを乗り越えたのです。
彼女のアートの原点はここにあると言っても過言ではない。アートは決して衣・食・住の次にあるものではなく、常に生活と共にあるもの。生活に幸せをもたらし、夢を与えてくれる潤滑剤にも成り得るのだ。そして最後に彼女がカナダに暮らす日本人の皆さんにメッセージを贈ってくれた。
カナダの日本人のみなさん、今度カナダに来ましてとても嬉しく思ってます。あんたがた皆がカナダで一生懸命仕事なさったり、生活なさったりしてるでしょうけれども、やはりその、何か日本人だっていうことが記憶のなかにあるんじゃないかと思ってます。それを私も共有してるという気がいたします。どうぞお元気で。■
日加タイムスMar 2002掲載 |
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